ラオスに来て初めて大失敗したときの話

協力隊としてきて
困ったこと、辛かったことは何ですが?

と質問をいただきました。

いつも楽しいことばかり書いているので
たまにはつらかった話を。

ラオスの任地のサイニャブリ県にきて1週間で
私は大失敗をしました。
そのときが今思い出しても一番つらい

内容は家探し。
原因は語学とコミュニケーション。

いまはラオスに来て1年3か月
いまでこそ日常生活くらいなら何も苦労はありませんが
ラオスに来た時、語学力は皆無でした。

そんななか私たちは住む家を
自分で決めなければいけません。

その時の大失敗をお話しします。

青年海外協力隊の家探し

ラオス隊員は住む家を
自分で探さなければいけません。

国によっては
ホームステイの人、
JICA事務所によって住居が決定している人
さまざまです。

ラオスも一応職場が紹介してくれるけど、
気にいらなかったら自分でさがします、

私も配属先が紹介してくれました。

着任当日から家探し

ラオスにきて2か月目から配属先に赴任。
(1か月目は語学学校とオリエンテーション)

同僚に5件ほど候補の家を紹介され
どこもセキュリティの関係などで
うーーーん、と思っていて。
まあまあかなーという家が一軒だけ

そこで配属先の人が
「この家はすきか?」
「好きだよー、でももっとほかの家もみてみるね」

「もしこの家にすむって決めたら
鍵つけて、鉄格子つけて、○○と○○(生活用品)買ってくれる?
食器とかも。」
という会話をしました。

(ラオスは大家さんと交渉して家具家電を買ってもらうシステム)
そしてラオスは基本的に電化製品はどの隊員もそろっています
協力隊生活水準は意外とたかい。

その家は好きだけど、道がせまくて、夜も怖いなあという印象。
町の中心からも少し遠くいろいろ不便でした。

まあ時間はあるし自分でもっと探し回ろーとか思ってました。

一週間後

いきなり同僚に
「いくよ!!」
と言われ車に乗せられ、、
どこにいくのかと思ったら

その家に連れていかれました。。

なかに入ると
なんと
クーラーも冷蔵庫も洗濯機も
ベットマットも全て新品が用意されている!!!

そしてにこにこの大家さんと、配属先職員。。

まだ住むって言ってないやん!!!

どうしよーーと真っ青になりました。
そもそもJICAはセキュリティチェックが厳しく
事前に提出しなきゃいけない書類がたくさん
審査が通って初めて家の契約ができる。

そのことも事前に言ってあったのに。。。
職員に抗議したくてもラオスに来て1週間。。
なんにも喋れず。。。

かたことのラオ語で
「まだここに住むかわからないし、
JICAにも書類をだしていない」

といったら
「ぼーぺんにゃん(ラオ語での大丈夫)」

なにが大丈夫なんだーーー
住まなくても大丈夫ってことかな?と一瞬思ったけど
そんなわけもなく。。

「早くJICAに聞け」
「この家なら大丈夫だ」

そればかり毎日いわれるようになりました。
そもそもほかの家をもっと見たいという話をしていたのに。

そして他の隊員の家も見せてもらって、
町の危ない場所とかも聞いて。
やっぱりあの家は嫌だ!となりました。

細い道は怖いし、大通り沿いがいい
これが一番の理由でした。

そして先輩隊員がもうすぐ帰国だったので、
それを待ってその家に移り住むことに。

職場の人にお断り

「あの家には住まない」
と伝えたところ、

「この家が好きっていったじゃないか!何が不満なんだ」
「もうこんなに家具買ったんだからすまなきゃだめだよ」

とパートナーと課長に言われ。
その次の日には、私の部署8人、
また同じ階で働いているほかの人まで噂を聞きつけ。
10人以上のラオ人に囲まれ

みんなして
「あの家に住まなきゃだめだ」
「なにが不満なんだ」
「大家さんが悲しむだろ」

配属先にきて3週間目だったので
ラオ語もわからず
知らない人にまで攻められ、
泣きそうでした。

そして一番きつかったのがカウンターパート
(活動をいっしょにやるパートナー)
超不機嫌で、、、
それまで毎日楽しくやってたけど
その日から一言も口をきいてもらえず。

すべては彼の責任になるから当たり前だけど。

ラオス事務所から電話

こまっていたらラオスの調整員(ボランティアの担当をしてくれる人)
から電話が
「あなたのカウンターパートから苦情の電話がきてるけど」

「その家に住んでくれないと困ると言ってきている。
でもあなたが本当に気に入った家に住めばいいからね。
なにを言われても気にしなくていい」
と言われ一安心。

カウンターパートの嘘

JICAから電話があったすぐあと、
カウンターパートから
「JICAに連絡したらあの家に住んでオッケーと言っていた」
といきなり言われ。。。

そんわけないやろーー!!と、
なぜなら私は必要書類一つもだしていない状態。
というか、今電話きたばかりだし。

嘘をついているのはあきらか。
とっても悲しくなりました

念のためもう一度JICAラオスに確認しても
オッケーなんて言っていない、言うはずがない。

と言われ。。。。

でもカウンターパートと
「JICAがオッケーといっている」
「いやいやオッケーって言ってないし」

の堂々巡り。。。

結局どうなったか。

結局JICAから何度も連絡してもらい
しぶしぶ配属先は納得。。。

つらかったのはそこからカウンターパートと
ぎくしゃくが三か月くらいかな?続いたこと。

徐々に普通になっていったけど
ラオスについたばかりでそんなことだったので
洗礼を受けたって感じでした。

,

振り返ってみて

でも私があのときしっかり断らなかったせいだなーと反省。
ついくせで、はっきり断らず、
でも好きだよーとか言ってしまって。

ただそれまで仲良くやっていたのに
みんなに囲まれ、せめられたのが
なかなか辛かったーーー
そしてパートナーが口きいてくれなくなったのも

しっかりと説明できればよかったんだろうけど
きて三週間では無理

ただきて三週間でこの経験をしたので
その後ラオスで働いても
カウンターパートに嘘をつかれても
動じなくなりました。

もっと言い伝え方があったんじゃないか。
違う国の人だから考え、行動も違って当然。
そう思うようになりました。

外国に住む、ということ
旅行ではわからない、
いいこと、つらいことたくさんあります。

これからもたくさん失敗したいと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

SAKKO

1990年石川県生まれ。 2012年3月に大学(言語文化学科)を卒業し、神奈川県で3年間医療関係会社で営業の仕事をしたのち、青年海外協力隊参加。 隊次:平成27年度2次隊 職種:環境教育  派遣国:ラオス